命の食べ方

 ちょっと昔にある風変わりな教育風景として小学生がみんなで豚の赤ん坊を飼育いていまして、その豚と一緒に走って遊んだりとその成長の過程で豚と様々な関わり方をするわけです。豚はだんだん成長すると体も大きくなり獰猛とはいわないまでもきちんとした育て方の知らない素人が豚を怒らせたら、かなりの大怪我をするぐらいの力と、またその体重と力でもって大変なことになってきます。
 それらの小学生はある時点で子豚がめちゃくちゃでかいただの豚になってしまうことに気がつくわけです。担任の先生は、その豚を養豚場に引き渡して(最終的には屠殺される)か、どうせそうゆうことになるのだったら自分たちで食べるか...ということを提案します。そこからの子供たちの議論というのがこれまたおもしろくて、教育の現場もなかなか大変だな...と思うわけですが、この風変わりな教育は、「いのちの授業」と名づけられていて屠殺される豚は「Pちゃん」といいます。Pちゃんを結局はみんなで食うわけです。すごいですね。私も一緒にPちゃんを食したかったです。
 というようなことは日本でも少しばかり考えているようですが、ドイツ・オーストリア人ときたら、もうここらの思考回路の表現形態が完璧ですね。ドキュメンタリー映画というかその映像の芸術性という意味ではもう殆ど芸術超というところです。殆どパラノイヤ的クラシック音楽というか何かおかしな気分が飄々と流れます。「命の食べ方(Our Daily Bread)」というタイトルでその映画を見ることができます。DVDで見るともっと綺麗なのでぜひDVDで。


 特に日本はキリスト教国家ではないので、OUR DAILY BREADが聖書の言葉であることには全く気がつかないと思うのだけど、「日々の糧」と訳されるこの言葉は西洋人にとってはちょっと宗教的な意味を帯びているようです。実際、これらを撮影したニコラス・ゲイハルターという監督自身は何だか妙に気さくな人でこういう映画を撮るわりに妙な暗さがなくていい。DVDに付録としてついてくる最後のインタビューでもそれほど突っ込んだ演説をはじめようともしないし、非常に真面目でクールでハキハキとものをいういいお父さんです。たぶんそれほど宗教的な意味合いを持たせているわけではない筈です。
 私が非常に気になるのは、この映画(映像)そのものに関する安易な感想とその作者が意図している部分の相違というかそういうものなんですが、あるサイトでこんなテキストを見ました。
「豚の手足を鋭利なはさみで切り落としていた女性作業員が、昼のサンドイッチを黙々と食べているシーンが映し出される。残酷なことをしたという表情も無く、正面のカメラを見据え美味しそうにぱくつく昼食。「食物連鎖」の頂点は人間だとつくづく思い知らされる映画だ。パリ、アテネなどの環境映画祭でグランプリを受賞している。」
...ああ、もう世界の終わりだなと。この映画を見てこんなことを思うのかと。人間の知性や理性や感情、感覚というものがずいぶんと鈍ってしまったな...と。
 いつも思うのは、ある事物に対するクリシェ(型)というものがこれほどまでにつまらないもので、どんなにすばらしい芸術もここまでダメにしてしまうものなんだな...ということです。まるでピカソの絵をみて「何が描いてあるのかわからないけど、たぶんすばらしい絵画に違いない!」なんて思っているおバカさんと同じです。実際このサンドイッチを食べているおばさんに関してかどうかわからないけど、インタビューの中で「屠殺する人に関してヨーロッパには差別的なものがありますか?」という日本人からの質問がある。これに関してゲイハルター氏は「そんなものはない。」ときっぱり言っているし、事実あのシーンは特にそういう残酷さを語ったものではないと思うわけです。
 あの映像の中で最も我々が大切にしなくてはいけないものは、あの、

なんといいますか...、沸々とした興奮。

なわけですよ。見ているとちょっとおかしな気分になってくるあのちょっとした興奮があの映画のよさなんですよ。(ちなみにその映画を見る前に「アルティメット」を見ていたんですが、あのアクションもかなりおもしろくて最初から最後までアクションで押し通している上に、ストーリーがおそろしく陳腐であるというところに、アクションの純粋な興奮があって、たまらなくいい映画なわけですが、ああゆう暴力的なシーンとかアクションとか身体能力に対する羨望とか...そういう類の興奮ではなくて、「命の食べ方」に対する興奮は、ちょっと自分としても不気味で何かしら後味がいいんだか悪いんだか...という辺りがいいんです。
 ぶっちぇけ言いますが、私の場合はあの映画の最中に非常に腹が減ってきて、肉汁の滴るステーキとかそういうものが食べたくなったし、最後のシーン辺りでは勃起していましたよ(笑)。それは何っていう映像なんだ!何とすばらしい映画なんだ!という思いだったわけですよ。
 食物連鎖の頂点とか、可哀想とか残酷とか言っている奴は本当に死んでくれといいたくなるわけです。あの映画は少なくとも何某を考えるとか「気づき」とかいう映画じゃなくて単にある種の人間の動物的な興奮を味あわせてくれる貴重な映画なのですよ。言ってみれば、食物連鎖の頂点とかではなくて、むしろ我々も食物連鎖のカオスの中で食ったり食われたりという部分での興奮なわけですよ。
 もう、ウンコみたいな感覚しか持ち合わせていない鈍感な奴はあの牛や豚のように食われてしまえばいい!とは思いませんが、紋切り型の感覚が迫ってきてそんなことを口にするようなことになったらもう日本の終わりだなと。






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